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M252 正しい適応力とは ミッドナイトアイキドウ

久島自画像01
神衛 指導部の久島です。
文章作成リハビリ中です。
文体を変えて書いてます。

合気道は型稽古で学ぶ武道である。

型稽古を一方的に否定する意見もあるが、その意見は完全な間違いではない。そういう一面もあるという事だ。別の面から見れば型稽古は最良の練習方法でもある。


型稽古では何を学ぶか、そして落とし穴みたないものがないか、という事に留意する事が大切だと分かっていれば良い。

今回は、落とし穴について話をしたい。

人には適応力があり、型稽古を学ぶ際、それが危険を生む。型稽古は条件を最初に決めて行う。それは条件という名の水槽のようなものだ。

その条件は指導者の考えの影響を大きく受ける。そして、その水槽の中で過ごしやすいように人は適応してしまう。

その水槽の中で過ごしやすいように適応をしていくと、当然のことながら、その水槽の中では生きやすくなってくる。

これが落とし穴だ。

本人は生きやすいから何の不満も持たない。それどころか、その条件は指導者の考えが反映されているから、指導者の思惑に次第に縛られていく事になる。

周囲の人間も同様に縛られているのだが、適応の結果、彼らの価値観は周囲との人間関係も含めて、水槽の中で生きていく事だけにしか向けられなくなる。実際に戦ったらどうなるかを口に出す事すらタブーになる。

そうした人の上達とは、条件に更に条件が加えられ、というように条件の積み重ねと同義である。条件が一つ変わったら、それまでのパフォーマンスは発揮されなくなる事になる。

つまり水槽の外、という条件外の環境での生存能力どころか、違う水槽に入っても恐らく生存する力は極端に弱まるという結論が導かれる。

これは予想ではなく、私が自身の道場で経験してきた結果から考えた事である。

道場に行く事だけでも大変な人、技を覚えるだけでも苦しい人、そういう人は早く楽になりたいから、水槽の中だけで快適に生きていけるような適応をしたいかもしれない。

そんな水槽の中で人生を終わらせたいか。

未知なるものに対処する事は適応力でもある。困難を克服する事も適応力である。そういう力を養う事が武道に取り組む目的の一つではないか。

神衛でも、最初は型稽古を学んで頂くが、それは皆さんを一生飼い殺しにする為の水槽ではない。無理な言い方をすれば培養槽である。一定のレベルになったら、勇気を出して外に出て頂く。

私は皆さんを水槽の中で飼い殺しにするような事はしない。だからと言って、無理に追い出す事もしないから安心して欲しい。

神衛では、そうした水槽の外の環境に適応する能力を養う為に、戦技研という訓練を実施している。そして今は久島流格闘術(逮捕制圧術)であれば、合気道+戦技研より早く時間的にも労力的にも早く能力養成が出来る。

少しずつでいいから、正しい適応力を養っていこう。

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