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M262 思考的寄生生物になるな後編 ミッドナイトアイキドウ

久島自画像01
神衛 指導部の久島です。
文章作成リハビリ中です。
文体を変えて書いてます。

前回の続きとなる。

その講習に参加して分かったのは、集まっているメンバーがどういう人か、指導している内容がどういうものか、教え方はどうか、きちんと考えられた講義か、という事だが、私がここで良い事は言えない。



恐らくだが、その講座はアメリカの一般向けセルフディフェンスアカデミーをモデルにしていると思う。集まっているメンバーは、彼の肩書を真に受けた、カルト宗教にはまりそうなタイプの人達だった。敷居がないはずのカルチャースクールの合気道講座ですらも、彼らには敷居が高くて受講出来ないと思う。

集まっている人達からは、その講師の肩書を信じて、その肩書に縋りたいという思いがひしひしと伝わってきた。己の実力をどうこうという考えは全くなく、縋り付く肩書のおこぼれが欲しいだけなのだ。

その時に分かった。その人の肩書がどうであれ、その人に真の実力があって、他の人を指導する目的や実力がきんちとしていれば、結果としては良いのではないかと。

実情を知らない一般人には通用する肩書や立場があっても、武道を正しく修行した経験に裏付けされた実力がなく、ただ武士道とかの思想書を読んで、武道家としてやっていきたいという憧れが強い人はどうか。そういう人が武道の指導者として活動しているのを見るが、社会の害悪なっていないか。

自分自身が肩書に寄生する寄生虫であり、そして自身もまた自分に寄生する寄生虫を増殖させている宿主としての存在になっているのである。彼の著書を読まされた事があるが、あの人はこう言った、この人はこう言った、と色々な人の言葉を引用しまくる思考的寄生生物の特徴が顕著に表れていた。

思考的寄生生物になってはいけない。

とっくの昔にデカルト先生が分かりやすく言われている。

コギト エルゴ スム。

我思うゆえ我あり、だ。寄生する思考にそれはない。

自分で見て、自分で考え、自分で決めよう。(ただし相談はして欲しい。その上で自分で決めよう)

それが武道で身に付ける大切な事の一つだ。人間が生きる事は、そういう事だ。思考においても寄生ではあってはならないのである。

生きるぞ、諸君!
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